2010年7月4日日曜日

進行する原発の老朽化―原子炉圧力容器の照射脆化を中心に―‹井野博満›

(1)原発の誕生と年齢
 日本最初の原発(軽水炉)は敦賀1号炉(BWR)で、大阪万博に間に合わせるよう1970年3月14日運転開始、「原子の火が灯った」と宣伝された。続いて同年11月28日、美浜原発(PWR)が運開になり、以後、55基の原発(BWR32基、PWR23基)が建設され、2008年になってやっと2基(浜岡1号、2号炉)が廃炉になった。
 世界で運転されている原発は432基である(『はんげんぱつ新聞』386号、2010年5月)。脱原発を明確にしてきたドイツでは33基が建設され16基が廃炉になった。アメリカでは127基が建設され23基が廃炉になった。1996年以降は1基も建設されていない。1968年までに建設されたアメリカの原発は、現在、すべて廃炉になっているので、日本は「老朽化」原発の「先進国」になりつつある。どう対処するのか、お手本の国はないのだ。 
最近、「原発ルネッサンス」が喧伝されているがその中心はアジアである。ヨーロッパでも脱原発からの方向転換が伝えられているが、例えば、スウェーデンでは、再生可能エネルギーの導入が遅れたための原発リプレイスが認められたに過ぎず、原発への縛りはそのままである(佐藤吉宗、『エントロピー学会誌』66号、原発特集、pp52-62)。問題は、中国で26基、ロシアで10基、インドで6基の原発建設が進められるなど、アジアを中心とした動向である。同地域でのエネルギー消費の急増とともに、平和で持続可能な未来を脅かす要因になっている。

(2)原発の寿命と『闘論』の争点
 原発の寿命は、建設当時、40年と想定されていた。国や事業者はそんなことは決めてないと今になって言う。
『闘論』(毎日新聞、2010年3月27日朝刊)で、関村直人東大原子力教授は、「「大事に使う」は時代の要請だ」として原発の延命を主張している。(安全が時代の要請ではないのか?)個々の部品は必ず劣化するが、劣化を正確に把握して交換などの適切な「高経年化対策」をすれば30年、40年を超えて60年までの運転が可能であるという。日本原子力学会は、2004年の美浜原発配管破断事故を機に100以上の課題を洗い出して「高経年化対応技術戦略マップ」を作ったという。
私は、老朽化(高経年化)原発の問題点として、
1.原子炉圧力容器やその付属機器は交換できない。
2.敦賀1号などの圧力容器の劣化は予測以上に進んでいて危険だ。
3.それにもかかわらず、国の高経年化対策検討委員会(関村主査)は、その事実を無視してOKの判断をした。
4.そのような「原発推進」を前提とした委員会を廃し、市民の安心を重視する広い視点で評価する場を作るべきだ。
という主張をした。

(3)圧力容器の照射脆化
 老朽化問題のうち、圧力容器鋼の照射脆化に絞って話しをする。
 圧力容器材である低合金鋼は、ある温度以下で脆くなる。その温度を脆性遷移温度という。原子炉炉心からの中性子を浴びると、鋼の内部に原子レベルの微小な欠陥が生じ、その脆性遷移温度は原発運転中に不可避的に上昇する。炉内に入れた監視試験片でその脆化を調べるが、敦賀1号機では脆化が予測以上に進んでいた。脆化予測式が間違っていたからだ。
 使われてきた脆化予測式は、中性子を浴びるスピードに関係なく、その浴びた量だけで決まると仮定されている。だが、銅などの不純物が多い鋼では、中性子をゆっくり浴びるほど、同じ量の照射を受けた後の脆化が大きくなる。したがって、加速照射試験で得られたデータは、実機の脆化の進み具合を過小評価してしまう。私はこのことを10年以上前からコンピュータシミュレーションや実験で示し(『日本金属学会誌』64巻2号、pp115-124、2000年)、BWR圧力容器の照射脆化の進行について警告を発してきた(京都大学原子炉実験所研究会報告集、KURRI-KR-62、2001年3月、など)。
 その後報告された敦賀1号炉や福島第一1号炉での監視試験片データは、まさにその事実を示していた。しかし、事業者や推進派の学者たちは、その事実を無視し、高経年化対策検討委員会(2005年6月)ではデータのばらつきに過ぎないとした。
 敦賀1号炉圧力容器の脆性遷移温度は、もともとマイナス20℃だったが現在、50℃を超えている。その変化を外挿すると、60年使い続けた後には、80℃を超えてしまう(『日本金属学会誌』72巻4号、pp261-267、2008年)。脆性遷移温度というのは、その温度以下で衝撃的な力を受けると、金属の特長である塑性変形をできずにセラミックのように割れてしまう温度である。緊急炉心冷却の際の熱衝撃が心配な領域に入りつつある。しかし、事業者の予測では30℃程度だというのだ。

(4)むすび
 齢40年に達した敦賀1号炉を皮切りに次つぎと日本の原発は当初予期しなかった高経年化(老朽化)の時期を迎える。敦賀1号炉は40年で廃炉にすることを事業者も予定していた。しかし、新規原発が建設できないので寿命延長を図るという。
しかも、政府は、二酸化炭素排出削減のために原発の増設とともに、既存原発のフル運転(設備稼働率80%以上)を求めている。定期検査の間隔も現在の13ヶ月から場合によっては2年まで延ばすことも法的に可能にした。しかし、老朽化した原発はよりていねいなメンテナンスが必要なことは誰にでも分かることである。ここ10年の原発稼働率は、シュラウドや再循環配管のひび割れ隠しや中越沖地震被災、そのほかのトラブルに見舞われ、60%前後に落ち込んでいる。無理やり働かされた原発が過労死、いや、大事故を引き起こさねばよいがと不安である。
たんぽぽ舎囲炉裏端会議20100523
*これはたんぽぽ舎の囲炉裏端会議用に作られたレジュメですが、当日の講師の井野先生に前もって掲載することを許可されましたので、ここに掲載いたします

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